
親知らずを抜くことになったが、あの処置を意識のある状態で受けるのが怖い。以前に抜いたときの記憶がつらく、残りの本数を考えると気が重い。骨に埋まっていて時間がかかると言われ、不安が増している。
親知らずの抜歯は、静脈内鎮静法と組み合わせて行われることの多い処置のひとつです。処置の時間が長くなりやすいこと、器具の音や振動、押される感覚が強いこと、複数本をまとめて抜くことがあることなどが理由です。
この記事では、親知らずの抜歯で静脈内鎮静法が用いられる場面、複数本を一度に抜く場合の考え方、どこで受けられるのか、抜歯後の経過について整理します。
なお、静脈内鎮静法そのものの説明については別記事で扱っています。
親知らずの抜歯で静脈内鎮静法が用いられる場面
処置の時間が長くなる場合
まっすぐ生えていて見えている親知らずであれば、抜歯は短時間で終わることがあります。
一方、骨に埋まっている親知らずや横向きに生えている親知らずでは、歯ぐきを切開し、骨を削り、歯を分割して取り出すという手順が必要になります。処置の時間が長くなり、口を開け続ける負担も大きくなります。
こうした処置では、静脈内鎮静法を用いることで負担を軽くするという選択肢が検討されます。
器具の音や振動が苦手な場合
親知らずの抜歯では、骨を削る音や振動、歯を引き抜く際の押される感覚が伴います。痛みは局所麻酔で抑えられますが、これらの感覚そのものは残ります。
音や振動が苦手な方にとって、この点が大きな負担になります。静脈内鎮静法では、こうした感覚が記憶に残りにくくなるため、体感としての負担が軽くなります。
過去の抜歯がつらかった場合
以前に親知らずを抜いた経験があり、それがつらい記憶として残っている方もいます。
残りの本数を抜く必要がある場合、次も同じ思いをするのではないかという不安が生じます。こうした場合に、鎮静法を用いるという選択肢が検討されることがあります。
嘔吐反射が強い場合
親知らずは口の奥にあるため、器具が入る位置も奥になります。嘔吐反射が強い方では、処置そのものが難しくなることがあります。
鎮静下では反射が抑えられるため、処置を進めやすくなる場合があります。
複数本をまとめて抜く場合
一度にまとめるという選択肢
親知らずは上下左右に4本ありますが、通常の抜歯では1本ずつ、あるいは片側ずつ処置することが一般的です。
静脈内鎮静法を用いる場合、処置時間を長く確保できるため、複数本をまとめて抜くという選択が可能になることがあります。
まとめることの利点
抜歯後には腫れや痛みが生じ、それが落ち着くまでに数日から1週間程度かかります。1本ずつ抜く場合、この期間を本数分だけ繰り返すことになります。
まとめて抜けば、回復のための期間が一度で済みます。通院回数も減り、仕事や学業への影響を一度にまとめられるという利点があります。
遠方から通院している方や、まとまった休みを取れる時期が限られている方にとっては、この点が判断材料になります。
まとめることの負担
一方で、一度に抜く本数が増えれば、当日と術後の負担は大きくなります。
複数箇所に傷ができるため、腫れの程度も大きくなる傾向があります。食事がとりにくい期間が生じることも想定しておく必要があります。
また、左右両側を同時に抜いた場合、どちら側でも噛みにくい状態になります。片側ずつであれば反対側で食事ができますが、両側同時ではその選択肢がなくなります。
何本まとめるかの判断
何本を一度に抜くかは、歯の状態、全身の状態、術後に休める期間などを踏まえて判断されます。
すべてを一度にという方針が常に適切というわけではありません。ご自身の生活の状況を伝えたうえで、相談して決めることをおすすめします。
抜歯当日の流れ
事前に診察と検査を受け、親知らずの位置や神経との距離を確認します。レントゲン撮影に加えて、必要に応じて三次元的な撮影が行われることがあります。この段階で、静脈内鎮静法を用いるかどうかも含めて方針が決まります。
当日は体調と飲食制限の確認を受けたのち、血圧計や酸素飽和度を測る機器などのモニターを装着します。腕の静脈に点滴を確保し、鎮静薬の投与を開始します。
十分に鎮静が得られたことを確認したうえで、抜歯する部位に局所麻酔を行い、処置を開始します。痛みを抑えるのは局所麻酔の役割であるため、鎮静下でも局所麻酔は行われます。
処置が終わったら鎮静薬の投与を止め、ふらつきや眠気が落ち着くまで院内で休みます。歩行が安定していることなどを確認したうえで帰宅となります。
来院時と帰宅時ともに、ご自身での運転は控えてください。
どこで受けられるのか
大学病院や総合病院の場合
親知らずの抜歯は、大学病院や総合病院の歯科口腔外科で扱われることが多い処置です。歯科麻酔を専門とする医師が在籍していることが多く、静脈内鎮静法を実施できる体制が整っている場合があります。
ただし、受診には紹介状が必要になることが多く、予約から実際の処置までに時間がかかる傾向があります。
歯科医院の場合
静脈内鎮静法に対応している歯科医院で処置を受けられる場合もあります。比較的短い期間で予約が取れることや、通い慣れた環境で受けられることが利点です。
ただし対応している医院は限られます。生体監視モニターなどの設備と、鎮静を管理できる知識と技術が必要になるためです。
入院が必要になる場合
親知らずの抜歯は、多くの場合その日のうちに帰宅できます。
入院を伴うのは、全身麻酔を用いる場合や、全身状態の面で経過観察が必要と判断される場合などです。静脈内鎮静法であれば、通常は入院を必要としません。
どのような方法が適しているかは、歯の状態と全身の状態によって判断されます。
抜歯後の経過
腫れと痛みについて
親知らずの抜歯後には、腫れや痛みが生じます。これは処置に伴う経過であり、静脈内鎮静法を用いたかどうかにかかわらず起こります。
一般に、腫れは処置の翌日から2日から3日程度でピークを迎え、その後徐々に引いていくとされています。骨を削る処置を伴った場合や、複数本を同時に抜いた場合には、程度が大きくなる傾向があります。
処方された薬は指示どおりに服用してください。痛み止めは、痛みが強くなってから飲むより、感じ始めた段階で服用したほうが対応しやすいとされています。
鎮静法を用いた場合の注意
静脈内鎮静法では治療中の記憶が残りにくくなりますが、これは処置後の説明についても同様です。
術後の注意事項、薬の飲み方、次回の来院日といった情報を覚えていない場合があります。書面で受け取っておくか、付き添いの方にも一緒に説明を聞いていただくことをおすすめします。
当日は安静に過ごし、運転や注意力を要する作業は控えてください。飲酒、激しい運動、長時間の入浴も、鎮静の面からも創部の面からも避けるべきものです。
受診したほうがよい場合
痛みが日ごとに強くなる、腫れが増していく、数日たっても引かない、発熱がある、口が開けにくい状態が続くといった場合には、処置を受けた医療機関に連絡してください。
保険適用について
親知らずの抜歯そのものは、保険診療で行われるのが一般的です。
そのうえで静脈内鎮静法が保険の対象になるかどうかは、その鎮静に医学的な必要性が認められるかによって判断されます。歯科治療への強い不安がある場合や、嘔吐反射が強い場合、全身状態の管理が必要な場合などが考慮されます。
処置の難易度や本数も判断に関わりますが、治療名だけで機械的に決まるわけではありません。同じ親知らずの抜歯でも、扱いが異なることがあります。
また、医療機関が保険診療として取り扱う体制を備えているかによっても案内される内容が変わります。事前の相談の段階で確認しておくとよいでしょう。
なお本記事では、具体的な金額の記載は行っていません。
静脈内鎮静法を選ぶかどうかの判断
静脈内鎮静法を用いれば負担が軽くなる一方、事前の飲食制限や当日の時間の確保、帰宅時の付き添いなど、準備すべきことが増えます。
すべての親知らずの抜歯に必要というわけではありません。1本だけで処置も短時間で済む見込みであれば、通常の局所麻酔で問題ない場合が多くあります。
検討する価値があるのは、処置が長時間になる見込みがある場合、複数本をまとめて抜きたい場合、過去の抜歯がつらかった場合、音や振動が特に苦手な場合、嘔吐反射が強い場合などです。
判断に迷う場合は、事前の相談でご自身の状況を伝えてください。歯の状態と合わせて、必要かどうかの見通しを聞くことができます。
歯科恐怖症学会からお伝えしたいこと
親知らずの抜歯は、歯科治療のなかでも不安を感じる方の多い処置です。抜歯そのものが怖いという方もいれば、以前の経験がつらかったという方もいます。
そして、抜歯への不安から受診を先延ばしにしてしまい、その間に炎症を繰り返したり、隣の歯に影響が及んだりすることがあります。
静脈内鎮静法は、この状況を動かすための選択肢のひとつです。ただし、眠っている間にすべてが終わるという理解だけが先行すると、実際との差が生じます。意識は残ること、痛みを抑えるのは局所麻酔であること、抜歯後の腫れや痛みは通常どおり生じること。これらを知ったうえで選んでいただくことが、納得のいく結果につながると考えています。
歯科恐怖症学会は、歯科治療が苦手な方に対する診療のあり方を研究し、その知見を共有することを目的とした団体です。患者さんがご自身に合った方法を選ぶための判断材料を提供することを役割としています。
まとめ
親知らずの抜歯で静脈内鎮静法が用いられるのは、処置の時間が長くなる場合、器具の音や振動が苦手な場合、過去の抜歯がつらかった場合、嘔吐反射が強い場合などです。
静脈内鎮静法を用いると処置時間を長く確保できるため、複数本をまとめて抜くという選択が可能になることがあります。回復期間や通院回数を一度にまとめられる一方、当日と術後の負担は大きくなります。何本を一度に抜くかは、生活の状況も含めて相談して決めることをおすすめします。
大学病院や総合病院の歯科口腔外科で扱われることが多い処置ですが、対応している歯科医院で受けられる場合もあります。静脈内鎮静法であれば、通常は入院を必要としません。
抜歯後の腫れや痛みは、鎮静法を用いたかどうかにかかわらず生じます。また鎮静法を用いた場合、処置後の説明を覚えていないことがあるため、書面で受け取っておくことをおすすめします。
抜歯への不安が強く受診をためらっている状態が続いているのであれば、まずは相談だけでも受けてみてください。
歯科恐怖症学会では、歯科治療が苦手な方に対応している歯科医師の情報を掲載しています。あわせてご覧ください。
よくある質問
静脈内鎮静法を使えば親知らずの抜歯は痛くないですか
静脈内鎮静法そのものには痛みを取り除く働きがほとんどありません。痛みを抑えるのは局所麻酔の役割で、鎮静下でも局所麻酔は行われます。鎮静によって不安がやわらぎ、音や振動が記憶に残りにくくなるため、体感としての負担は軽くなります。
親知らず4本を一度に抜くことはできますか
静脈内鎮静法を用いる場合、処置時間を長く確保できるため、複数本をまとめて抜くという選択が可能になることがあります。ただし本数が増えれば当日と術後の負担も大きくなります。左右同時に抜くとどちら側でも噛みにくくなる点も考慮が必要です。歯の状態と生活の状況を踏まえて相談してください。
静脈内鎮静法での抜歯は入院が必要ですか
通常は入院を必要とせず、その日のうちに帰宅できます。処置後にふらつきや眠気が落ち着くまで院内で休み、歩行が安定していることなどを確認したうえで帰宅となります。入院を伴うのは全身麻酔を用いる場合や、全身状態の面で経過観察が必要と判断される場合です。
抜歯後の腫れは鎮静法を使っても起こりますか
起こります。腫れや痛みは処置に伴う経過であり、鎮静法を用いたかどうかにかかわらず生じます。骨を削る処置を伴った場合や複数本を同時に抜いた場合は、程度が大きくなる傾向があります。
親知らずの抜歯で静脈内鎮静法に保険は使えますか
抜歯そのものは保険診療で行われるのが一般的です。静脈内鎮静法が保険の対象になるかは、その鎮静に医学的な必要性が認められるかによって判断されます。治療名だけで機械的に決まるものではないため、事前の相談で確認してください。
参考文献
- Perrott DH, Yuen JP, Andresen RV, Dodson TB. Safety of intravenous sedation administered by the operating oral surgeon: the first 7 years of office practice.
- Safety of intravenous sedation administered by the operating oral surgeon: the second 7 years of office practice.
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- Perks A, Cheema S, Mohanraj R. Midazolam for sedation before procedures. Cochrane Database of Systematic Reviews.
- Dionne RA, Yagiela JA, Moore PA, Gonty A, Zuniga J, Beirne OR. Comparing efficacy and safety of four intravenous sedation regimens in dental outpatients.
- Safety and efficacy of different sedation protocols in managing dental anxiety in adult patients: a randomized controlled trial.
- 日本歯科医師会. テーマパーク8020「歯科治療の麻酔」.
歯科恐怖症学会編集部
本記事は歯科恐怖症学会に所属する歯科医師の監修のもと制作しています。

・歯科医師
・歯科恐怖症学会専門医
・マリコ歯科クリニック 副院長






