
歯医者が怖い。この感覚を何とかしたいと思って調べても、出てくるのは「事前に相談しましょう」「リラックスしましょう」といった一般的なアドバイスばかりで、自分に当てはまる気がしない。そう感じたことはないでしょうか。
理由があります。歯医者が怖いといっても、何が怖いのかは人によって違うためです。過去の痛みの記憶が残っている方と、音や振動そのものが苦手な方と、叱られるのが怖い方とでは、有効な対処が異なります。原因が違えば、必要な手当ても違うということです。
この記事では、歯科への恐怖を原因のタイプ別に整理し、それぞれに合った対処法をお伝えします。まずご自身がどのタイプに近いかを確認していただき、そこから読み進めていただければと思います。
なお、恐怖症という状態そのものの説明については別記事で扱っています。
克服しなければならないのか
無理に克服する必要はない
先にお伝えしておきたいことがあります。
歯医者が怖いという感覚を、気持ちの持ちようで乗り越えなければならないと考える必要はありません。恐怖は意志の力で消せるものではなく、無理に立ち向かおうとすることが、かえって負担になる場合もあります。
目指すべきなのは、恐怖をなくすことではなく、恐怖があっても治療を受けられる状態をつくることです。この2つは違います。
恐怖を抱えたままでも、方法を選べば治療は進められます。実際、鎮静法を用いて治療を完了させた方の多くは、恐怖そのものがなくなったわけではありません。
恐怖が薄れていく場合もある
一方で、治療を重ねるうちに恐怖が薄れていくこともあります。
痛くなかった、思ったより早く終わった、途中で止めてもらえた。こうした経験が積み重なると、歯科イコール怖いという結びつきが弱まっていきます。
これは意識的に努力した結果というより、経験によって自然に変化したものです。まず治療を受けられる状態をつくることが、結果として恐怖の軽減につながる場合がある、という順序になります。
歯医者が怖い理由のタイプ
ご自身がどれに近いかを確認してみてください。複数に当てはまる方も多くいらっしゃいます。
痛みの記憶が残っているタイプ。過去の治療で強い痛みを感じ、その記憶が消えない。
音や振動が苦手なタイプ。削る音を聞いただけで体が緊張する。
叱られるのが怖いタイプ。放置してきたことを責められるのではないかと考えてしまう。
何をされるかわからないタイプ。見えない場所で何が起きているかわからないことに不安を感じる。
体の自由がきかないことが苦手なタイプ。診療台に横になり、口を開けたまま動けない状況そのものが苦しい。
以下、それぞれについて対処法を見ていきます。
痛みの記憶が残っている場合
何が起きているか
過去の治療で強い痛みを感じた経験があると、その記憶は長く残ります。特に、麻酔が十分に効かない状態で処置を受けた経験は影響が大きいとされています。痛みを感じないはずの場面で痛みを感じたという経験は、歯科治療そのものへの信頼を損なうためです。
診療台の匂いや器具を見ただけで体が反応するのは、記憶と感覚が結びついているためです。意識してコントロールできるものではありません。
有効な対処
このタイプでもっとも重要なのは、麻酔についての具体的な相談です。
前回痛かった経験を伝えてください。どの処置で、どのように痛かったのか。麻酔が効いていない感じだったのか、注射そのものが痛かったのか。この違いによって対応が変わります。
麻酔が効きにくかった場合、炎症の程度や処置した部位が関係している可能性があります。麻酔の量を増やす、方法を変える、効くまでの時間を長めに取るといった調整ができます。
注射そのものが痛かった場合は、表面麻酔をしっかり効かせる、細い針を使う、薬液を温める、注入速度を一定に保つといった配慮を依頼できます。
痛みを感じたときの合図を決めておくことも有効です。手を上げれば止めてもらえるとわかっているだけで、緊張の度合いが変わります。
音や振動が苦手な場合
何が起きているか
削る器具の高い音、骨に伝わる振動。これらの感覚刺激そのものが苦手というタイプです。
過去の不快な経験と結びついている場合、音を聞いた時点で体が反応します。条件づけと呼ばれる仕組みで、頭で理解していても反応は起こります。
有効な対処
音については、遮断する方法があります。音楽を聴くことを認めている歯科医院もありますので、事前に確認してみてください。イヤホンや耳栓の使用が可能かどうかも聞いておくとよいでしょう。
視覚を遮ることも有効です。目を閉じているだけでも情報量が減ります。タオルで目元を覆う対応をとっている医院もあります。
振動については完全に避けることが難しいため、処置を短く区切って休憩を挟むという進め方が現実的です。
音や振動への過敏さが強い場合、鎮静法を用いることで感じ方が変わります。特に静脈内鎮静法では、こうした刺激が記憶に残りにくくなります。
叱られるのが怖い場合
何が起きているか
放置してきたことを責められるのではないか、歯磨きができていないと言われるのではないか。こうした不安から受診をためらうタイプです。
過去に実際に指摘された経験がある場合と、自分自身が放置したという自覚から生じている場合があります。真面目な方ほど、自己管理ができていないと思われることへの抵抗が強くなる傾向があります。
有効な対処
このタイプでもっとも効果的なのは、受診の前に伝えてしまうことです。
予約の電話やウェブの問い合わせフォームで、長く受診できていないこと、叱られないか不安であることを先に伝えておく。それだけで、当日の心構えが変わります。歯科医院側も、その前提で説明の仕方を選べます。
放置に至った経緯を話す必要はありません。話したくなければ話さなくて構いません。
なお、口腔内の状態が進んでいることを理由に叱責されることは、現在の歯科ではほとんど想定されていません。歯科医院に来るのは何らかの問題を抱えた方であり、状態が進んでいることは日常的に対応している範囲です。
何をされるかわからない不安がある場合
何が起きているか
口の中は自分では見えません。何が行われているのか、あとどれくらいかかるのか、いま痛みが出るのかどうかがわからない。この情報のなさが不安の源になっているタイプです。
このタイプは、痛みそのものより予測できないことを苦手としています。
有効な対処
事前に説明を受けることが有効です。今日は何をするのか、どれくらい時間がかかるのか、痛みを伴う場面はあるのか。これらを聞いておくだけで不安が軽くなります。
処置中も、次に何をするかを声に出して伝えてもらうよう依頼できます。今から麻酔をします、これから削ります、あと5分ほどで終わります。こうした声かけがあるかどうかで、感じ方が変わります。
鏡を使って口腔内を見せてもらう、撮影した画像で説明を受けるという方法もあります。見えないことが不安なのであれば、見えるようにするのが直接的な対処です。
ただし、詳しく知るほうがかえって不安になるという方もいます。どちらが自分に合うかを伝えておくとよいでしょう。
体の自由がきかないことが苦手な場合
何が起きているか
診療台に横になり、口を開けたまま動けない。この状況そのものに強い抵抗を感じるタイプです。
閉所や拘束される状況が苦手な方に多くみられます。パニック発作の経験がある方の場合、この状況が引き金になることがあります。
有効な対処
姿勢の調整を依頼できます。診療台を完全に倒さず、起こし気味にしてもらうことで楽になる場合があります。
処置を短く区切ることも有効です。5分ごとに起き上がって休憩を挟む、といった進め方であれば耐えられるという方もいます。
いつでも中断できるという合図を決めておくことが、このタイプでは特に重要です。動けない状況そのものが苦しいため、自分の意思で止められるという感覚が支えになります。
パニック障害や不安障害の治療を受けている場合は、その旨を伝えてください。主治医と連携した進め方が検討されることがあります。
タイプを問わず有効な方法
段階を分けて進める
いきなり治療を受けようとせず、段階を分ける方法があります。
最初の受診を相談だけと決めてしまう。次は口の中を見てもらうところまで。その次から治療に入る。このように分けることで、一度に越えるハードルが低くなります。
心理学の領域では、恐怖の対象に少しずつ慣れていく方法が研究されています。歯科でも同じ考え方が応用されており、段階的に進めることには根拠があります。
合図を決めておく
口を開けた状態では声を出しにくいため、手を上げる、指を動かすといった合図をあらかじめ決めておきます。
これはすべてのタイプに有効です。止められるとわかっていることが、緊張を下げるためです。
予約の時間帯を選ぶ
待合室で待つ時間が長いほど、不安は高まります。比較的空いている時間帯を選ぶ、待ち時間が少ない予約の取り方を相談するという方法があります。
朝一番のほうが楽だという方、仕事終わりのほうが気が紛れるという方がいます。ご自身の傾向に合わせて選んでください。
付き添いを頼む
同伴が可能かどうかは医院によって異なりますが、認められている場合には検討する価値があります。待合室にいてもらうだけでも支えになることがあります。
鎮静法を用いる
上記の工夫で治療を進めることが難しい場合、鎮静法という選択肢があります。
笑気吸入鎮静法は、鼻から笑気と酸素の混合ガスを吸入する方法です。注射も点滴も必要なく、比較的手軽に用いられます。
静脈内鎮静法は、腕の静脈から鎮静薬を点滴で投与する方法です。うとうとした状態になり、治療中の記憶が残りにくくなります。
歯科治療への強い不安があり通常の方法では治療が困難と判断される場合、保険診療の対象となる可能性があります。
心理的なアプローチについて
歯科への恐怖そのものに働きかける方法として、心理的なアプローチが研究されています。
恐怖の対象に段階的に慣れていく方法や、考え方の癖に着目して不安を扱う方法などがあり、歯科不安に対する有効性を検討した研究が行われています。
歯科医院のなかでこうした手法を取り入れているところもありますし、心理の専門家に相談するという選択肢もあります。恐怖が歯科以外の場面にも及んでいる場合や、日常生活への影響が大きい場合には、精神科や心療内科への相談が検討されることもあります。
なお、抗不安薬などの服用については、医師の判断のもとで行われるものです。自己判断での使用は避けてください。
歯科医院選びという対処
どの歯科医院を選ぶかも、対処のひとつです。
事前のカウンセリングに時間をとっているか。不安が強い患者さんへの対応について説明があるか。鎮静法に対応しているか。問い合わせたときの受け答えはどうか。
受診してみて合わないと感じた場合、別の医院を検討して構いません。長く通うことになるからこそ、相談しやすいかどうかは重要な要素です。
歯科恐怖症学会からお伝えしたいこと
歯医者が怖いという相談に対して、気にしすぎだと言われた経験のある方がいらっしゃいます。周囲に理解されにくいことが、さらに相談しづらくさせている面もあります。
しかし、歯科への恐怖は珍しいものではなく、成人の一定割合にみられることが調査から示されています。そして、恐怖の程度に応じた対応の方法も存在します。
大切なのは、何が怖いのかを具体的にすることです。漠然と怖いままでは対処のしようがありませんが、痛みなのか、音なのか、叱られることなのかが特定できれば、それに合った方法を選べます。
この記事のタイプ分けが、その手がかりになれば幸いです。ご自身に当てはまる部分を、そのまま歯科医院で伝えていただいて構いません。
歯科恐怖症学会は、歯科治療が苦手な方に対する診療のあり方を研究し、その知見を共有することを目的とした団体です。患者さんがご自身に合った方法を選ぶための判断材料を提供することを役割としています。
まとめ
歯医者が怖いといっても、何が怖いのかは人によって異なります。痛みの記憶、音や振動、叱られる不安、何をされるかわからないこと、体の自由がきかないこと。原因が違えば、有効な対処も違ってきます。
痛みの記憶が残っている場合は麻酔についての具体的な相談が、音や振動が苦手な場合は音楽や視界を遮る工夫が、叱られるのが怖い場合は受診前に伝えておくことが、それぞれ有効です。
タイプを問わず有効なのは、段階を分けて進めること、合図を決めておくこと、予約の時間帯を選ぶことです。それでも難しい場合には、鎮静法という選択肢があります。
恐怖を気持ちの持ちようで乗り越える必要はありません。目指すべきなのは恐怖をなくすことではなく、恐怖があっても治療を受けられる状態をつくることです。
まずは相談だけでも受けてみることをおすすめします。何が怖いのかを伝えるところから始めていただければと思います。
歯科恐怖症学会では、歯科治療が苦手な方に対応している歯科医師の情報を掲載しています。あわせてご覧ください。
よくある質問
歯医者が怖いのは克服しなければいけませんか
気持ちの持ちようで乗り越える必要はありません。恐怖は意志の力で消せるものではなく、無理に立ち向かうことがかえって負担になる場合もあります。目指すべきなのは恐怖をなくすことではなく、恐怖があっても治療を受けられる状態をつくることです。
子どもの頃のトラウマが原因でも治療は受けられますか
受けられます。過去の経験について話したくない場合、詳細を話す必要はありません。何が苦手か、どの場面が特につらいかを伝えていただければ、それを前提とした進め方を検討できます。鎮静法を用いるという選択肢もあります。
削る音がどうしても苦手です
音楽を聴くことを認めている歯科医院があります。イヤホンや耳栓の使用が可能かどうか、事前に確認してみてください。目を閉じる、タオルで目元を覆うことで情報量を減らす方法もあります。過敏さが強い場合は鎮静法で感じ方が変わることがあります。
治療中に怖くなったらどうすればよいですか
手を上げる、指を動かすといった合図をあらかじめ決めておくことをおすすめします。口を開けた状態では声を出しにくいためです。合図があれば処置を止められると知っているだけでも、緊張の度合いが変わります。
歯医者が怖いと相談してもよいのでしょうか
構いません。歯科への恐怖は成人の一定割合にみられることが調査から示されており、珍しいものではありません。予約の電話や問い合わせフォームで、あらかじめ伝えておくという方法もあります。
参考文献
- Silveira ER, Cademartori MG, Schuch HS, Armfield JA, Demarco FF. Estimated prevalence of dental fear in adults: a systematic review and meta-analysis. Journal of Dentistry. 2021;108:103632.
- Kvale G, Berggren U, Milgrom P. Dental fear in adults: a meta-analysis of behavioral interventions. Community Dentistry and Oral Epidemiology. 2004.
- Armfield JM. What goes around comes around: revisiting the hypothesized vicious cycle of dental fear and avoidance. Community Dentistry and Oral Epidemiology. 2013;41(3):279-287.
- Safety and efficacy of different sedation protocols in managing dental anxiety in adult patients: a randomized controlled trial.
- Comparison between intranasal and intravenous midazolam sedation in a dental phobia clinic.
- Perks A, Cheema S, Mohanraj R. Midazolam for sedation before procedures. Cochrane Database of Systematic Reviews.
- 日本歯科医師会. テーマパーク8020「歯科治療の麻酔」.
歯科恐怖症学会編集部
本記事は歯科恐怖症学会に所属する歯科医師の監修のもと制作しています。

・歯科医師
・歯科恐怖症学会専門医
・マリコ歯科クリニック 副院長







