歯科医院で静脈内鎮静法を提案されたとき、多くの方がまず疑問に思うのは「そもそも何をされるのか」という点だと思います。眠れるのか、意識はあるのか、どんな薬を使うのか。名前だけを聞いても中身が想像しにくい方法であるため、不安が残ったまま当日を迎えてしまうことも珍しくありません。
静脈内鎮静法は、腕の静脈から鎮静薬を点滴で投与し、不安や緊張をやわらげた状態で歯科治療を受けられるようにする方法です。麻酔という言葉が使われることもありますが、正確には鎮静であり、痛みを取り除く役割は別の麻酔が担っています。
この記事では、静脈内鎮静法という術式そのものに絞って、使用される薬剤、鎮静の深さという考え方、実施に必要な体制、適応と慎重な判断が必要な場合、そして当日の手順を順に解説します。歯科における鎮静法全体の位置づけについては、別記事で扱っています。
[内部リンク挿入箇所①]歯科の静脈麻酔とは(A01)へのリンクをここに設置
静脈内鎮静法とは
静脈内鎮静法の読み方と意味
静脈内鎮静法は「じょうみゃくないちんせいほう」と読みます。セデーションと呼ばれることもあり、歯科医院の案内では両方の表記が併記されている場合があります。
言葉を分解すると理解しやすくなります。静脈内は薬を投与する経路を指し、腕の静脈に確保した点滴から薬を入れることを意味します。鎮静は、不安や緊張をしずめて落ち着いた状態をつくることを指します。つまり静脈内鎮静法とは、点滴を使って心身を落ち着かせる方法ということになります。
ここで大切なのは、鎮静と麻酔は本来別の概念だという点です。麻酔は感覚を遮断して痛みを感じないようにするもので、鎮静は意識のレベルを下げて不安をやわらげるものです。静脈内鎮静法は後者にあたります。
静脈内鎮静法で意識と記憶はどうなるのか
静脈内鎮静法を受けている間、意識は完全には失われません。呼びかけに応じて口を開ける、うなずくといった反応ができる程度の状態が保たれます。自分の力で呼吸をすることもできるため、人工呼吸器を装着する必要はありません。
一方で、治療が終わったあとに「ほとんど覚えていない」と感じる方が多いのも事実です。これは使用される鎮静薬に健忘作用があるためで、薬が効いている間の出来事が記憶として定着しにくくなります。歯を削る音や振動、器具が口に入る感覚といった、不快に感じやすい情報が記憶に残りにくくなるという仕組みです。
意識はあるのに記憶は残らないという状態は直感的に理解しにくいかもしれませんが、これは眠っているのとは別の現象だと考えてください。眠っているように見えても、実際には呼びかけに反応できる状態が保たれています。
ただし、記憶がまったく残らないと決まっているわけではありません。うっすらと断片的に覚えているという方もいます。効き方には個人差があるためです。
静脈内鎮静法と局所麻酔の役割の違い
静脈内鎮静法についてもっとも誤解されやすいのが、痛みとの関係です。
静脈内鎮静法そのものには、痛みを取り除く働きがほとんどありません。鎮静薬は不安や緊張をやわらげますが、歯を削る、歯ぐきを切開するといった刺激そのものを遮断するわけではないのです。
そのため、痛みを伴う処置を行う場合には、鎮静が得られたあとにあらためて歯ぐきへ局所麻酔を行います。実際の治療は、静脈内鎮静法と局所麻酔の組み合わせで進むと理解しておくと、当日のイメージがずれにくくなります。
鎮静下では局所麻酔の注射そのものへの抵抗感も下がるため、注射が苦手な方にとっては、この組み合わせが負担の軽減につながります。
静脈内鎮静法で使われる薬剤
主に用いられる鎮静薬
静脈内鎮静法で用いられる薬剤には、いくつかの種類があります。歯科の現場でよく用いられるのは、ベンゾジアゼピン系と呼ばれる分類の鎮静薬と、静脈麻酔薬として用いられる薬剤です。前者は健忘作用が得られやすいという特徴があり、後者は効き始めと覚めるのが速いという特徴があります。
これらを単独で用いる場合もあれば、複数を組み合わせて用いる場合もあります。組み合わせることで、それぞれの薬の量を抑えながら目的とする状態をつくりやすくなるという考え方です。近年では、鎮静の深さを調整しやすい新しい薬剤についても研究が進められています。
どの薬剤を選ぶかは、予定している処置の内容と時間、患者さんの全身状態、過去の麻酔での経過などを踏まえて判断されます。使用する薬剤について気になる場合は、事前の説明の際に確認しておくとよいでしょう。
薬の効き方に個人差が出る理由
同じ量の薬を使っても、効き方は人によって異なります。
体格や体重によって、体内に広がる薬の濃度が変わります。年齢によっても代謝の速さが異なります。日常的に飲酒の習慣がある方や、精神科領域の薬を継続して服用している方では、同じ系統の薬に対する反応が変わることが知られています。
こうした個人差があるため、静脈内鎮静法では薬を一度にまとめて投与するのではなく、少量ずつ入れながら反応を見て量を調整するという方法がとられます。この調整のことを、医療の現場では滴定と呼びます。時間をかけて慎重に投与することが、安全性を高めるうえで重要とされています。
効きにくいと感じるケースについては、別記事で詳しく解説しています。
[内部リンク挿入箇所②]静脈内鎮静法が効かない人の特徴(A03)へのリンクをここに設置
静脈内鎮静法の鎮静の深さ
鎮静には段階がある
鎮静は、効いているか効いていないかの二択ではありません。浅い状態から深い状態まで連続的に変化します。
浅い段階では、意識ははっきりしており、少し落ち着いた感覚がある程度です。中等度の段階になると、うとうとしてきますが、呼びかけには反応できます。歯科の静脈内鎮静法で目指されるのは、多くの場合この中等度の状態です。さらに深くなると、呼びかけへの反応が鈍くなり、痛みなどの強い刺激でようやく反応する状態になります。
この段階は薬の量によって連続的に移行するため、明確な境界線があるわけではありません。だからこそ、投与しながら状態を確認し続けることが必要になります。
深くなりすぎた場合に何が起こるか
鎮静が想定より深くなった場合、呼吸が浅くなる、喉の反射が弱まるといった変化が起こることがあります。喉の反射が弱まると、唾液や水が気管へ流れ込みやすくなり、むせたり、まれに誤嚥につながったりする可能性があります。
こうした変化を早期に把握するために、治療中は血圧や脈拍、血中の酸素飽和度が継続して測定されます。変化が見られた場合には、酸素を投与する、体位を調整する、薬の投与を止めるといった対応がとられます。
歯科治療は口の中で行われるため、水を使う処置が多く、気道の管理という観点では配慮を要する場面があります。静脈内鎮静法を行う際に監視体制が重視されるのは、こうした背景があるためです。
静脈内鎮静法を行う歯科医師と体制
歯科麻酔の専門資格
静脈内鎮静法は、鎮静薬の作用を理解したうえで投与量を調整し、全身状態の変化に対応できる知識と技術を必要とします。
日本歯科麻酔学会は、鎮静法や全身麻酔を安全に行える歯科医師を養成するために、認定医制度と専門医制度を設けています。こうした資格を持つ歯科医師は、大学病院の歯科麻酔科などで専門的な訓練を受けています。
静脈内鎮静法を検討する際には、麻酔を誰が担当するのかを確認しておくと安心につながります。処置を行う歯科医師が麻酔も兼ねる場合もあれば、麻酔を専門とする医師が別に立ち会う場合もあります。
必要となる設備とモニタリング
体制面では、血圧計、血中の酸素飽和度を測るパルスオキシメーター、心電図といった生体監視モニターが備えられていることが基本になります。あわせて、酸素の供給設備や救急時に使用する薬剤が用意されているかどうかも重要です。
すべての歯科医院が静脈内鎮静法に対応しているわけではないのは、こうした体制と設備が求められるためです。対応している医院の探し方については、別ページでまとめています。
[内部リンク挿入箇所③]静脈内鎮静法に対応する歯科の探し方(A22)へのリンクをここに設置
静脈内鎮静法の適応
静脈内鎮静法が向いている方
静脈内鎮静法が選択肢として挙がるのは、次のような場合です。
歯科治療に対する強い不安や恐怖があり、通常の方法では治療を進めることが難しい方。器具が口に入ると強い吐き気を催してしまう嘔吐反射が強い方。歯を削る音や振動が特に苦手な方。長時間口を開けているのがつらい方。
治療の負担が大きい処置を予定している場合も対象になります。埋まっている親知らずの抜歯、複数本の同時抜歯、インプラント手術などが該当します。
治療が必要な箇所が多く、通院回数を抑えたいという場合にも検討されることがあります。また、治療のストレスによって血圧が大きく変動しやすい方に対して、全身状態を安定させる目的で用いられることもあります。
[内部リンク挿入箇所④]歯医者恐怖症・歯科恐怖症とは(A05)へのリンクをここに設置
慎重な判断が必要とされる方
一方で、静脈内鎮静法を行うことが難しい、あるいは慎重な判断を要するとされる場合もあります。
呼吸に関わる状態として、睡眠時無呼吸症候群がある方、扁桃が大きい方、顎が小さい方、高度の肥満がある方などが挙げられます。これらは鎮静下で気道が狭くなりやすいと考えられているためです。
全身の状態として、心臓や呼吸器の疾患があり状態が安定していない方、神経や筋の疾患がある方についても、慎重な判断が求められます。
使用する薬剤の種類によっては、特定の疾患がある方や特定の薬を服用中の方に用いることができない場合があります。緑内障の一部の病型や、筋の力が弱くなる疾患などが該当することがあります。妊娠中の方については、施設によって対応が異なります。
これらは診察と問診、必要に応じた検査を通じて判断されます。お薬手帳を持参し、持病や服用中の薬、過去の麻酔での経過を漏れなく伝えることが、安全な実施につながります。
[内部リンク挿入箇所⑤]静脈内鎮静法のリスクと注意点(A11)へのリンクをここに設置
静脈内鎮静法の当日の手順
事前の診察と検査
静脈内鎮静法は、当日いきなり受けられるものではありません。事前に別日で診察を受け、全身状態の確認と必要な検査を済ませておくのが一般的です。
この段階で、当日の飲食制限、来院方法、服装、常用薬の扱いなどについて説明を受けます。疑問がある場合は、この機会に確認しておいてください。
来院から鎮静開始まで
当日はまず体調の確認が行われます。睡眠の状況、飲食制限が守れているか、薬を飲んだかどうかといった点が確認されます。
次にモニターを装着します。血圧計を腕に、パルスオキシメーターを指に取り付け、必要に応じて心電図の電極を貼ります。これらは治療が終わるまで装着したままになります。
続いて腕の静脈に点滴を確保します。肘の内側や手の甲など、血管が確保しやすい部位が選ばれます。針の痛みが心配な場合、あらかじめ表面麻酔のクリームやシールを使って刺入時の痛みをやわらげる方法をとる施設もあります。
点滴が確保できたら、鎮静薬の投与を開始します。少量ずつゆっくりと入れながら、患者さんの反応を確認して量を調整していきます。しばらくすると眠気を感じ、ぼんやりとした状態になります。
治療中の管理
目的とする鎮静の状態が得られたことを確認したうえで、治療部位に局所麻酔を行い、歯科治療を開始します。
治療中も、血圧や脈拍、酸素飽和度の測定は続きます。呼吸が浅くなるような様子があれば酸素を投与し、必要に応じて体位や薬の量を調整します。処置が長時間に及ぶ場合には、途中で薬を追加することもあります。
点滴のルートは治療中も維持されます。これは薬の量を随時調整するためであり、万一の際に薬剤を投与する経路を確保しておく意味もあります。
回復から帰宅まで
治療が終わったら鎮静薬の投与を止めます。時間の経過とともに意識がはっきりしてきますが、その時点ですぐ帰宅できるわけではありません。
ふらつきや眠気が落ち着くまで院内で休みます。意識がはっきりしていること、水分がとれること、自分の足で安定して歩けることなどが確認されたうえで帰宅となります。参照した歯科医院の案内では、休憩時間として30分から2時間程度を見込んでいる例が多く見られました。
帰宅後も、当日は眠気やだるさが残ることがあります。ゆっくり過ごせるよう予定を調整しておくことをおすすめします。運転は帰りだけでなく来院時も控えていただく点にご注意ください。
静脈内鎮静法の効果と限界
静脈内鎮静法によって得られるのは、不安や緊張がやわらぐこと、治療中の不快な記憶が残りにくくなること、そして長時間の処置を一度に進めやすくなることです。歯科治療への恐怖から受診を先延ばしにしてきた方にとっては、治療を再開するきっかけになりえます。
一方で、限界もあります。痛みそのものを取り除くのは局所麻酔の役割であること。効き方に個人差があり、期待した通りにならない場合があること。事前の準備と当日の時間的な余裕が必要になること。全身状態によっては受けられない場合があること。
静脈内鎮静法は、受ければすべてが解決する方法ではなく、治療を進めるための手段のひとつです。この前提を理解したうえで選んでいただくことが、結果的に納得のいく治療につながると考えています。
静脈内鎮静法の保険適用
静脈内鎮静法が保険診療の対象になるかどうかは、どのような目的で行うかによって変わります。
歯科治療を進めるうえで鎮静が必要と判断される医学的な理由がある場合には、保険が適用されることがあります。一方、インプラント治療や歯列矯正のように自費診療として行う治療に付随して用いる場合には、その鎮静も自費として扱われます。保険診療と自費診療を組み合わせて行うことができないためです。
同じ処置であっても、実施する施設が保険診療として取り扱う体制を備えているかによって扱いが異なる場合もあります。ご自身の場合がどちらにあたるのかは、事前の相談の段階で確認しておくと安心です。
[内部リンク挿入箇所⑥]静脈内鎮静法の保険適用(A04)へのリンクをここに設置
まとめ
静脈内鎮静法は、腕の静脈から鎮静薬を投与し、不安や緊張をやわらげた状態で歯科治療を受けられるようにする方法です。意識と自発呼吸は保たれ、呼びかけには反応できる状態が維持されます。同時に健忘作用によって治療中の記憶が残りにくくなるため、体感としては短く感じられることが多くなります。
痛みを取り除くのは局所麻酔の役割であること、効き方には個人差があること、鎮静の深さを調整しながら進めること、そのために監視体制と専門的な知識が必要になること。これらが術式としての静脈内鎮静法を理解するうえでの要点です。
歯科治療への不安が強く受診をためらっている状態が続いているのであれば、まずは相談だけでも受けてみることをおすすめします。診察を受けたからといって、その日のうちに治療を始めなければならないわけではありません。どのような選択肢があるのかを知るところから始めていただければと思います。
歯科恐怖症学会では、歯科治療が苦手な方に対応している歯科医師の情報を掲載しています。あわせてご覧ください。
[内部リンク挿入箇所⑦]歯科恐怖症学会 所属医師一覧ページへのリンクをここに設置
よくある質問
静脈内鎮静法は何と読みますか
じょうみゃくないちんせいほうと読みます。セデーションと呼ばれることもあり、歯科医院の案内では両方の表記が使われている場合があります。
静脈内鎮静法では完全に眠ってしまうのですか
完全に意識を失うわけではありません。呼びかけに反応できる程度の意識は保たれます。ただしリラックスした状態になるため、眠っているように感じられることが多く、治療中の記憶があまり残らない方が多くみられます。
静脈内鎮静法をすれば痛みは感じませんか
静脈内鎮静法そのものには痛みを取り除く働きがほとんどありません。痛みを伴う処置を行う場合は、鎮静が得られたあとに局所麻酔を併用します。鎮静下では注射への抵抗感も下がるため、局所麻酔そのものの負担も軽くなる傾向があります。
どのような薬が使われるのですか
ベンゾジアゼピン系の鎮静薬や静脈麻酔薬が用いられ、単独または組み合わせで使用されます。予定している処置の内容と時間、全身状態、過去の麻酔での経過などを踏まえて選択されます。詳細は事前の説明の際にご確認ください。
静脈内鎮静法はどの歯科医院でも受けられますか
生体監視モニターなどの設備と、鎮静を管理できる知識と技術が必要になるため、対応している歯科医院は限られます。日本歯科麻酔学会の認定医や専門医が麻酔を担当する体制があるかどうかが、確認の手がかりのひとつになります。
参考文献
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歯科恐怖症学会編集部
本記事は歯科恐怖症学会に所属する歯科医師の監修のもと制作しています。

・歯科医師
・歯科恐怖症学会専門医
・マリコ歯科クリニック 副院長