歯医者が怖い。行かなければいけないとわかっている。それでも予約の電話をかけようとすると手が止まる。診療台に座ることを想像しただけで動悸がする。周囲に話しても「大げさだ」と言われてしまい、余計に相談しづらくなる。
こうした状態は、意志の弱さや性格の問題ではありません。歯科治療に対する強い不安や恐怖は歯医者恐怖症と呼ばれ、決して珍しいものではないことが調査からも示されています。そして、恐怖の程度に応じた対応の方法も存在します。
この記事では、歯医者恐怖症がどのような状態を指すのか、大人になってから強くなる背景には何があるのか、心と体にどのような反応が現れるのかを整理します。そのうえで、受診に向けて自分でできる準備、歯科医院に伝えておきたいこと、そして治療を進めるために選べる方法についてまとめます。
歯医者恐怖症とは
歯科恐怖症との呼び方の違い
歯医者恐怖症と歯科恐怖症は、いずれも同じ状態を指す言葉として使われています。歯科治療恐怖症と表記されることもあります。医学的に厳密な使い分けがあるわけではなく、どの言葉で調べても内容はほぼ共通しています。
英語ではデンタルフォビアと呼ばれ、特定の対象や状況に対して強い恐怖が生じる状態のひとつとして位置づけられています。高所や閉所に対する恐怖と同じ枠組みで理解される状態だと考えるとわかりやすいかもしれません。
単なる苦手意識との違い
歯医者が苦手という感覚は、多くの方が持っています。では、どこからが歯医者恐怖症なのでしょうか。
明確な線引きがあるわけではありませんが、目安となるのは日常生活や健康に影響が出ているかどうかです。痛みや違和感があるのに受診できない状態が続いている。予約を取ってもキャンセルを繰り返してしまう。治療の途中で通院をやめてしまった。歯科医院のことを考えると眠れない。こうした状態が続いているのであれば、苦手という言葉では説明しきれない段階に入っている可能性があります。
もうひとつの目安が、体に反応が出るかどうかです。考えただけで動悸がする、汗が出る、吐き気がするといった身体的な変化を伴う場合、単なる気持ちの問題として片づけることは適切ではありません。
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歯医者恐怖症はどのくらいの人にみられるのか
歯科への恐怖がどのくらいの割合でみられるかについては、複数の調査が行われています。
成人を対象とした海外の系統的レビューでは、歯科に対する恐怖や不安を抱える人の割合はおよそ15パーセント、そのうち程度が強いとされる方は12パーセント程度、特に重度とされる方は3パーセント程度と報告されています。調査に用いる尺度によって数値には幅がありますが、いずれにしても少数の特殊な状態ではないことが示されています。
この数字が意味するのは、待合室にいる人の中に、同じ悩みを抱えている方が一定数いるということです。自分だけが特別に弱いわけではないという点を、まず知っていただければと思います。
歯医者恐怖症の症状
心と体に現れる反応
歯医者恐怖症でみられる反応は、心理的なものと身体的なものに分かれます。
心理的な反応としては、受診を考えるだけで強い不安が生じる、予約日が近づくと落ち着かなくなる、治療内容を想像すると不安が高まるといったものがあります。
身体的な反応としては、動悸、息苦しさ、発汗、手の震え、めまい、吐き気などが挙げられます。診療台で背もたれを倒されたときに強い不安を感じる、口を開けていることに耐えられなくなる、といった形で現れることもあります。
これらは自分の意思でコントロールできるものではありません。緊張したときに心臓が速く打つのを止められないのと同じことです。
症状の程度による違い
恐怖の程度には幅があります。おおまかに整理すると次のようになります。
比較的軽い段階では、器具の音や薬剤の匂いに不快感を覚える、診療台で背もたれを倒されると落ち着かないといった反応が中心です。受診自体はできることが多くなります。
中程度の段階になると、治療中に動悸や発汗が起こる、緊張のあまり体に力が入り続ける、目を閉じていられないといった反応が出てきます。受診はできても、治療を続けることが負担になります。
強い段階では、パニック発作に近い状態が起こる、診療台に座っていられなくなる、受診そのものができなくなるといった状態になります。この段階では、通常の方法で治療を進めることが難しくなります。
自分がどの段階にあたるのかを把握しておくと、歯科医院に相談する際に伝えやすくなります。
大人が歯医者恐怖症になる原因
過去の治療でのつらい経験
もっとも多く挙げられるのが、過去の歯科治療でつらい思いをした経験です。
強い痛みを感じた、処置が長く続いて苦しかった、抜歯後に痛みがなかなか引かなかった。こうした経験は記憶に残りやすく、診療台や器具を見るだけで当時の感覚がよみがえることがあります。
特に、麻酔が十分に効いていない状態で処置を受けた記憶は影響が大きいとされています。痛みを感じるはずのない場面で痛みを感じたという経験は、歯科治療そのものへの信頼を損なうためです。
幼少期の記憶が残っている場合
子どもの頃に押さえつけられて治療を受けた、泣いても処置が続けられたといった経験が、大人になっても影響を残していることがあります。
当時は歯科治療の考え方や技術が現在とは異なっていた面もあります。記憶自体は消えませんが、いま受ける治療が当時と同じとは限らないという点は、知っておいていただきたいところです。
叱られた経験や人との関係
治療の内容そのものではなく、歯科医師や歯科衛生士とのやりとりが原因になっている場合もあります。
歯磨きができていないと強く指摘された、治療を中断したことを責められた、質問しづらい雰囲気だった。こうした経験から、口の中を見られること自体に抵抗が生まれることがあります。
長く受診していない方ほど、また叱られるのではないかという不安を抱えていることが少なくありません。
音や匂いなどの感覚刺激
歯を削るときの高い音、骨に伝わる振動、消毒薬の匂い。これらの感覚刺激そのものが苦手という方もいます。
過去の不快な経験と結びついている場合、音を聞いただけで体が緊張するという反応が起こります。これは条件づけと呼ばれる仕組みで、意識して抑えることが難しいものです。
周囲から聞いた話や情報
自分自身に強い経験がなくても、家族や友人から治療のつらさを聞かされたことで苦手意識が形成される場合があります。インターネット上の体験談を読んで不安が強まったという方もいます。
恐怖と回避の悪循環
歯医者恐怖症でもっとも問題になるのが、恐怖と回避が互いを強め合う循環です。
恐怖があるために受診を避ける。受診しない期間が長くなり、口腔内の状態が進行する。状態が進行すると、いざ受診したときに必要な処置が大きくなる。処置が大きければ負担も増え、恐怖がさらに強まる。この繰り返しです。
この循環は歯科恐怖の悪循環として研究の対象になっており、複数の調査で指摘されています。重要なのは、これが個人の努力不足によって起きているのではなく、構造的に起こりやすいものだという点です。
歯医者恐怖症を放置した場合に考えられること
受診を避ける期間が長くなると、口腔内では変化が進みます。むし歯であれば範囲が広がり、歯周病であれば歯を支える組織への影響が進みます。
その結果として、以前であれば簡単な処置で済んだものが、より時間と回数のかかる治療になることがあります。歯を残せるかどうかの判断が変わってくる場合もあります。
こうした話をすると不安が強まる方もいらっしゃると思います。ここでお伝えしたいのは、早く受診しなければならないという圧力ではありません。むしろ、いま受診することで選べる選択肢が広がるということです。
そして、どれだけ期間が空いていても、受診を再開すること自体には遅すぎるということはありません。まずは相談だけという形での受診も可能です。
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歯医者が怖いと感じるときの対処法
受診前に自分でできる準備
いきなり治療を受けようとせず、段階を分けることが有効です。
最初の受診を相談だけと決めてしまう方法があります。その日は治療をしないと事前に伝えておけば、心の準備がしやすくなります。診療台に座らず、カウンセリングスペースで話すという対応をとっている歯科医院もあります。
予約の時間帯を工夫することも役立ちます。待合室で待つ時間が長いほど不安が高まりやすいため、比較的空いている時間帯を選ぶという方法があります。
付き添いの方と一緒に受診するのも選択肢のひとつです。同伴が可能かどうかは、予約の際に確認しておくとよいでしょう。
歯科医院に伝えておきたいこと
不安の内容を具体的に伝えることが、対応の質を大きく左右します。
何が怖いのかを言葉にしてみてください。痛みなのか、音なのか、口を長く開けていることなのか、状態を指摘されることなのか。対象が特定できると、歯科医院側も具体的な配慮ができます。
過去にどのような経験をしたかも重要な情報です。麻酔が効かなかった、途中で気分が悪くなった、叱られたことがある。こうした情報は、治療の進め方を決めるうえで参考になります。
伝えることに抵抗がある場合は、書いたものを渡すという方法もあります。口頭で説明する自信がなければ、この記事に書かれている項目を指し示していただいても構いません。
治療の進め方を相談する
一度にすべてを終わらせようとせず、進め方を相談することができます。
短い時間で区切って回数を分ける、痛みを伴わない処置から始める、途中で休憩を入れる、苦しくなったときの合図を決めておく。こうした取り決めは、事前に相談しておけば対応できることが多くあります。
治療の内容を事前に説明してもらうか、あえて説明を最小限にしてもらうかも、人によって好みが分かれます。詳しく知ったほうが安心する方もいれば、知らないほうが楽な方もいます。どちらが自分に合うかを伝えておくとよいでしょう。
鎮静法という選択肢
不安や緊張が強く、通常の方法では治療を進めることが難しい場合には、鎮静法を用いるという選択肢があります。
笑気吸入鎮静法は、鼻から笑気と酸素の混合ガスを吸入してリラックスした状態をつくる方法です。効き始めと覚めるのが早く、比較的手軽に用いられます。
静脈内鎮静法は、腕の静脈から鎮静薬を点滴で投与する方法です。笑気麻酔より深い鎮静が得られ、治療中の記憶が残りにくくなるという特徴があります。事前の飲食制限や治療後の休憩時間が必要になります。
どちらが適しているかは、恐怖の程度、予定している治療の内容と時間、全身の状態によって変わります。すべての歯科医院で対応しているわけではないため、事前の確認が必要です。
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[内部リンク挿入箇所⑤]歯科の笑気麻酔とは(A09)へのリンクをここに設置
心理的なアプローチ
恐怖そのものに働きかける方法として、心理的なアプローチが用いられることがあります。段階的に慣れていく方法や、考え方の癖に着目する方法などが研究されています。
不安障害やパニック障害の治療を受けている方の場合は、主治医と歯科医師が連携することで、より適した進め方を検討できることがあります。すでに精神科や心療内科に通院されている場合は、その旨を歯科医院にお伝えください。
なお、抗不安薬などの服用については、医師の判断のもとで行われるものです。自己判断での使用は避けてください。
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歯医者恐怖症の方が受診しやすい歯科医院の特徴
歯科医院を選ぶ際に、確認しておくと参考になる点をいくつか挙げます。
事前のカウンセリングに時間をとっているかどうか。いきなり治療に入るのではなく、話を聞く時間が設けられているかは重要な指標になります。
不安が強い患者さんへの対応について、ウェブサイトなどで説明があるかどうか。歯科恐怖症への対応を明示している医院は、その分の体制を整えていることが多くなります。
鎮静法に対応しているかどうか。静脈内鎮静法に対応するには、生体監視モニターなどの設備と、鎮静を管理できる知識と技術が必要になります。日本歯科麻酔学会の認定医や専門医が関わっているかどうかは、ひとつの手がかりです。
質問に答えてもらえるかどうか。実際に問い合わせてみて、不安な点について丁寧に答えてもらえるかを確認するという方法もあります。電話やメールでの対応の印象は、受診してからの体験ともある程度つながります。
[内部リンク挿入箇所⑧]静脈内鎮静法に対応する歯科の探し方(A22)へのリンクをここに設置
歯科恐怖症学会について
歯科恐怖症学会は、歯科治療が苦手な方に対する診療のあり方を研究し、その知見を共有することを目的とした団体です。
歯科への恐怖は、患者さん側の問題として語られてきた時期がありました。しかし現在では、恐怖が生じる仕組みや、それを踏まえた診療のあり方について研究が進んでいます。恐怖を我慢して乗り越えることを求めるのではなく、恐怖があることを前提として治療の方法を組み立てるという考え方です。
当学会は特定の医院や治療法を勧める立場ではなく、患者さんがご自身に合った方法を選ぶための判断材料を提供することを役割としています。本記事も、その立場からまとめたものです。
まとめ
歯医者恐怖症は、歯科治療に対して強い不安や恐怖が生じ、受診や治療の継続が難しくなる状態を指します。歯科恐怖症とも呼ばれ、成人の一定割合にみられることが調査から示されています。
原因としては、過去の治療でのつらい経験、幼少期の記憶、叱られた経験、音や匂いといった感覚刺激、周囲から聞いた話などが挙げられます。そして恐怖があるために受診を避け、状態が進行してさらに恐怖が強まるという循環が起こりやすい構造があります。
対処法としては、相談だけの受診から始めること、不安の内容を具体的に伝えること、治療の進め方を相談すること、必要に応じて鎮静法を用いることなどがあります。どの方法が適しているかは、恐怖の程度と治療内容によって変わります。
どれだけ長く受診できていなかったとしても、再開するのに遅すぎるということはありません。まずは相談だけでも受けてみることをおすすめします。診察を受けたからといって、その日のうちに治療を始めなければならないわけではありません。
歯科恐怖症学会では、歯科治療が苦手な方に対応している歯科医師の情報を掲載しています。どこに相談すればよいかわからないという方は、あわせてご覧ください。
[内部リンク挿入箇所⑨]歯科恐怖症学会 所属医師一覧ページへのリンクをここに設置
よくある質問
歯医者が怖いのは歯医者恐怖症なのでしょうか
歯医者が怖いと感じること自体は多くの方に共通しています。日常生活や健康に影響が出ているかどうかが、ひとつの目安になります。痛みがあるのに受診できない、予約のキャンセルを繰り返す、考えるだけで動悸がするといった状態が続いているのであれば、苦手という言葉では説明しきれない段階かもしれません。
歯医者恐怖症と歯科恐怖症は違うものですか
同じ状態を指す言葉として使われています。歯科治療恐怖症と表記されることもあります。医学的に厳密な使い分けがあるわけではありません。
大人になってから歯医者が怖くなることはありますか
あります。大人になってから受けた治療でつらい経験をしたことがきっかけになる場合や、長く受診していない期間を経て受診への抵抗が強まる場合があります。子どもの頃の記憶が背景にあり、大人になって表面化することもあります。
歯医者恐怖症は診断されるものですか
歯科医院で診断名がつけられるという性質のものではありません。ただし、恐怖の程度を把握することは治療の進め方を決めるうえで役立ちます。日常生活や健康に影響が出ているかどうかが、ひとつの目安になります。強い不安が歯科以外の場面にも及んでいる場合は、精神科や心療内科への相談が検討されることもあります。
何年も歯医者に行っていなくても受診できますか
受診できます。期間が空いていることを理由に断られることはありません。長く受診していない方の対応に慣れている歯科医院も多くあります。まずは相談だけという形で受診することも可能です。
治療中に怖くなったらどうすればよいですか
事前に合図を決めておくことをおすすめします。手を上げる、指を動かすなど、口を開けたままでも伝えられる方法を相談しておいてください。合図があれば処置を止められることを知っているだけでも、安心感が変わります。
参考文献
- Silveira ER, Cademartori MG, Schuch HS, Armfield JA, Demarco FF. Estimated prevalence of dental fear in adults: a systematic review and meta-analysis. Journal of Dentistry. 2021;108:103632.
- Kvale G, Berggren U, Milgrom P. Dental fear in adults: a meta-analysis of behavioral interventions. Community Dentistry and Oral Epidemiology. 2004.
- Armfield JM. What goes around comes around: revisiting the hypothesized vicious cycle of dental fear and avoidance. Community Dentistry and Oral Epidemiology. 2013;41(3):279-287.
- Dental anxiety in adult patients treated by dental students: a systematic review.
- Safety and efficacy of different sedation protocols in managing dental anxiety in adult patients: a randomized controlled trial.
- Comparison between intranasal and intravenous midazolam sedation in a dental phobia clinic.
- 日本歯科医師会. テーマパーク8020「歯科治療の麻酔」.
歯科恐怖症学会編集部
本記事は歯科恐怖症学会に所属する歯科医師の監修のもと制作しています。

・歯科医師
・歯科恐怖症学会専門医
・マリコ歯科クリニック 副院長